よーそろー

日々のこと、映画、旅の感想・思い出などを書き書きします  by さぶろー

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

海を渡った日本語―植民地の「国語」の時間

川村湊著。2005年2月22日読了。
uming

現代仮名遣い…。日本語にとって口語筆記に続く一大革命だったはずだ。戦後間もなくの混用期を経て定着したのだが、なぜ戦後すぐに行えたか永らく疑問だった。中国における簡体字、韓国における公文書も含めた全面ハングル化、その他の国でのローマ字表記化などのような、20世紀後半の言語の「効率化」の一環として見ることもできる。
しかし、現代仮名遣い成立への研究は、日本語の海外進出への一環であったという歴史があった。

朝鮮半島や、第一次世界大戦後に日本の委任統治領となった南洋諸島では、日本語教育が行われた。しかし…成果はなかなか上がらない。外国人教育自体が未知の領域で、教育法がまったくの泥縄式…。
なにより、日本人にすら難解な文法。
そこでさまざまな「日本語改良」を試みたのである。現代仮名遣いのような表記を変えるものから、文法そのものを改変する試みなどetc…。
日本が植民地における徴兵に消極的だった原因として、反日感情による軍隊内の騒擾や、利敵行為を恐れた他に、日本語による意思疎通の困難が指摘されている。
こういった戦争の文化的側面に着目した本書は、なかなか新鮮だった。
スポンサーサイト
| コメント:0 | トラックバック:0 |
<<放火NHK記者のプロフィール | HOME | 深海の使者>>

この記事のコメント

コメントの投稿















コメント非公開の場合はチェック

この記事のトラックバック

| HOME |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。